長かった上杉家と長尾家の話も今回で最後である。
江戸期の上杉家というと、非常に有名なのは、上杉治憲(鷹山)という人物である。
実は、この上杉鷹山、上杉景勝の男系の男子ではない。
そもそも、上杉景勝の系統は、孫の綱勝の代で途絶えてしまっている。
その際は、叔母の嫁ぎ先の吉良義央の長男を養子に迎え、綱憲と名乗らせ対応している。
上杉綱憲の子、吉憲には、4人の子がおり、一人は畠山家を継いだ為、3人が次々に継いだのだが、3人とも後継者を作れなかった。
結局、近親にはもはや男児がおらず、吉憲の妹豊姫の娘の子である上杉鷹山が引っ張ってこられた次第である。
なぜこんなことになっているかというと、夭折といわれる、未成人の死が異常に多かったから。
その原因の多くは、病死、特に乳幼児の病死が圧倒的に多かった。
一姫二太郎と、最初の子は頑丈な女の子、虚弱な男の子は2人目以降なんていう格言があったり、七五三を祝うのは、そもそも3歳、5歳、7歳を迎えられずに亡くなる子が圧倒的に多かった事を物語っていたりする。
明治天皇の子息を見ると、夭折と書かれた子がかなり多く、皇室ですらそんな状況なわけだから、一般人に至っては、推して知るべしだろう。
最近、コロナウイルスが蔓延して問題になっているが、そもそも病気の多くが、ウイルスや、寄生虫によってもたらされていることがわかったのは、本当につい最近のことだったりする。
明治以降、顕微鏡の技術が発達し、それまで死病とされた多くの病気の原因が次々に判明していった。
また、原因が判明すると同時に、ワクチンや特効薬が作成されていき、過去の死病のほとんどが、過去の病気となっていった。
さらに井戸水の使用を制限、消毒した水道水を利用するようにし、伝染病患者は完全に回復するまで隔離病棟に入れられたり、特定の国への渡航の際は、事前に予防接種を受けるなど、徹底した浄化の努力によって、現在の公衆衛生が得られたのである。
今回流行しているコロナウイルスは、実は、風邪と一括りにされている病気を引き起こしているウイルスの一種らしい。
そのコロナウイルスの変種が、今回、武漢で大流行し、世界に蔓延してしまった。
武漢で死者がバタバタ出ていると噂されてから、日本で報道されるまで、かなりの時間を要したのだが、日本の多くの人が思ったのではないだろうか。
流行り病で亡くなるとか、明治時代までの話なんじゃないの?と。
WHOや日本政府の対応を見ると、一つ思う事がある。
まさか、今まで、人類が無策で疫病を駆逐できてきたとでも思っているのか?と。
人口ウイルスの噂もあるが、今回の件で、多くの人が思い知ったことと思う。
流行り病は、過去の話などでは無いのだという事を。
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